のうないはらっぱの世界

発達障害ADHDの小3息子をもつシングルマザー

インチュニブ服用開始から、初めての運動会

 

 

どうも。はらっぱです。

 

先日、小3に進級して間も無くだが運動会があった。

 

小1からリレーの選手としても出場していたが、今年はどうも気が乗らなかったようで「リレーはやりたくない」と、頑なに宣言していた。

 

するとどうだろう。

 

5月に入り、リレーの選手を選出するためのタイムを測る日が近いた頃。

 

彼(息子)はインフルエンザにかかったのだ。

(これから息子のことは”彼”と呼ぶことにしよう)

 

そんなに運良くインフルエンザにかかることができるのは、彼しかいないのではないか。

 

どんなに仕事を休みたくても、学校に行きたくなくても、風邪を引きたいと願って全裸で寝たとしても、そんなにタイミングよく風邪、いや、それ以上のインフルエンザにかかることができる人間を、私は知らない。

 

しかも、5月に、だ。

 

そして彼は病み上がり初日に、1人でタイムを計る場を設けることに成功したのだった。

 

運良くリレーの選手を逃れた彼だが、応援することに対しては、俄然やる気に燃えていた。とびっきりの笑顔で挑んでいた”かけっこ”も、「今年は頑張る!」と意気込んでいた。

 

 

 

 

だが、問題は運動会当日に起きた。

 

 

 

 

その日は天気が良すぎて、夏を感じさせる暑さを全身で受け止めなければならなかった。

 

午前中に行った競技の中に”かけっこ”が含まれていたことが幸いだったのだが、”かけっこ”やその他競技は1,2年生の頃と見違えるほど真剣に取り組んでいた。

 

体力を取り戻した彼は自身に満ち溢れており、”かけっこ”では、ずば抜けて1位を獲得した。私は彼をなめていた。宣言通りだった。

 

 

 

しかし、正午が訪れた頃。

 

 

とうとう彼は、燃え尽きてしまった。

 

 

 

持久力が、なんせ乏しい。

ADHDの特徴として分かってはいるのだが、彼自身が一番辛いのだろう。

 

 

 

午前中の競技が終わると同時に保護者席に現れた彼は、その場で泣き崩れた。

泣きながら、暴れ出した。

 

 

 

「もう帰る!」と。

 

 

 

ここで問われる親の判断は、心底難しい。

他に例を知らないからだ。

 

他に例があったとしても、ただ真似をすればいいだけでもない。

 

今目の前にいる、

”彼”にとって最適な判断を下さなければならない。

 

うお。誤操作により、上記の一文が突然大きくなった。

そのままにしておこう。

 

 

とりあえずお昼休憩に突入したため、

 

「教室になんか戻るか!」という彼をなだめながら、

 

「「食えるものだけ食ってこい!」」

 

と、彼を教室に行かせることに成功した。

 

 

 

これで気が変わってくれたらいい・・・と願いながら。

 

 

 

 

 

そして昼休憩を終えた彼は、案の定、保護者席に戻ってきた。

 

 

 

 

 

さて、ここからが勝負だ。

 

 

 

 

 

帰るのか。

それとも、戻るのか。

 

 

 

 

 

判断を下せないまま、泣きじゃくる彼をとにかく戻る方向で説得し続けていると、全校競技の時間がやってきた。

 

 


全校で力を合わせ、巨大な玉に張り手をくらわすあの競技だ。




生徒たちは全員並び始め、担任の先生がこちらへやってきた。

 

 

だが先生の説得も虚しく、入場の時間になってしまった。

 

 

先生は去っていった。

 

 

それでも彼は頑なに、参加を拒否している。

 

 

さあ、考えろ、私。

 

 

参加を強要することだけはしてはいけない。

誰にも彼にも、何のメリットもないからだ。

 

 

 

彼自身に、参加する意志を持たせなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

”帰る”という選択肢だけは、封印しようと決めた。

 

 

だが、何も思いつかない。

少しこの状況に身を任せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

すると私の体が勝手に動き出し、彼の手を取り帽子を脱がせ、保護者に紛れ走り出した。

 

入場していく生徒たちを見ながら、彼のチームの後ろ側の保護者席に待機した。

 

 

 

 

 

 

そこで、彼にミッションを課すことに決めた。

 

 

「できるだけ人目に付かないタイミングで、立ち位置につく」

 

 

というものだった。

 

 

 

開始のピストル音が鳴るタイミングまで、じっと待つことにした。

 

 

 

私たち以外、人間は誰1人いないような感覚だった。

 

 

 

「ミッションインポッシブル」の文字が頭に浮かんだ。

 

 

 

意味はよくわかっていないが。

 

 

 

 

 

 

すると、彼がよくお世話になっているM先生が、たまたま目線の先にいた。

 

 

 

M先生がこちらに気付き、手招きする。

 

 

だが、私たちは作戦通り動くと決めていた。

 

 

するとM先生はこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「「〜〜という作戦で戻ろうと決めました!」」

と、M先生に作戦を伝えると、

 

「OK!」

 

M先生は戻っていった。

 

 

 

 

さあ、作戦を実行するタイミングが近づいてきた。

 

 

 

 

彼にチームカラーの帽子を再びかぶせる。

 

 

 

 

 

「よーい!!」

 

 

 

 

掛け声がかかった瞬間、M先生が手招きした。

 

 

 

 

完璧なタイミングだった。

同時に彼は夢中で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう戻ってくることはないだろう。

 

 

 

根拠はないが、信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見事に立ち位置に到着した彼は、その後、閉会式まで保護者席を訪ねることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッションは、ポッシブルだった。

 

 

 

 

 

 

 

無事、運動会を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰った彼は、「最後までいてよかった!」

と、満足気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りに迷惑をかけてしまうことは避けられない。

それを回避しようとするほど、トラブルになる。

 

親が、腹をくくるしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

体重の関係で、そろそろインチュニブの服用量を増やすことになっている。

まだまだ何が起こるかわからないが、戦いはこの先も続く。

 

本人を否定することだけは、しないでほしい。

 

人と違う方法で、頑張れることもある。

 

 

 

 

 

私も親である前に、ただ普通の人間だ。

 

あー。疲れたー。終わったー。よかったー。

迷惑かけてしまった方、本当にごめんなさい。

 

そしてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

じゃあまたね。

 

 

ストラテラからインチュニブへ。驚きの効果が

どうも。はらっぱです。

 

私が私の中からいつの間にか旅に出ていたようで、先ほど帰省した。

ということで、ADHDの息子が薬を変更したことを報告する。

 

 

ストラテラが息子の体に合っていないことがわかってきた。

常に元気が無くなってしまい、薬を飲むと吐き気、食欲も著しく減退してしまったからだ。体重も減ってしまった。担任の先生も心配するほどだった。

本人もストラテラの服用を拒絶するようになった。

 

これは無理に続けても意味がない。それこそ息子がいなくなっていくのだ。

私の私が旅に出るのとはわけが違う。

 

 

そこで息子と相談した上で私たちが下した決断は、薬自体の服用をやめることだった。なんかもう、薬を飲んでいない時の息子の方が息子らしかった。

友達とのトラブルや、勉強等日常生活に対してやる気が出ないなど、以前の状態に戻ってしまったとしてもだ。

 

 

だが、甘かった。

 

以前の状態がこれほどまでにひどかったのかと、また思い知らされた。

 

友達に手が出たり足が出たり、放課後の児童クラブでもトラブルが多発した。クラブの先生にまで責められる日々。息子が起こしたトラブルでなくても息子のせいにされた。

 

学校生活も以前の状態に戻ってしまった。

ストラテラ服用のおかげで友達とうまく付き合えるようになってきていたのだが(元々人が好き)、また手や足が出てしまっていた。休日も友達と遊ぶようになっていた姿がまた見られなくなっていた。ジャンケンで負けることさえ、また以前のように癇癪を起こす。

授業中も集中できず、教室を歩き回ったり、一緒にやろうと先生がフォローをしても聞く耳を持たなかった。

どんどんまた、自分に自信を失くしてしまっていた。

 

 

前回2017年10月11日に書いた記事の直後のことだ。

 

 

これではまずいと思った。

自分がどこまで堕ちれるかより、どれだけ頑張れるのかを知ることの方が大事だろう。

薬の力を借りてもだ。あれだけ不安だった薬の服用についてだが、やはり情報過多で日々めまぐるしく、個人に求められるレベルがどんどん高くなってきている今の時代に合わせることの方が重要だ。いずれ1人で生きていかなければならないのだから。

 

なにより、息子に元気でいてほしい。

 

 

ということで、2017年11月8日から薬を変更した。

 

 

インチュニブ” をご存知だろうか。

いや、知らない方の方が多いかもしれない。

コンサータストラテラはメジャーだが、それもそのはず。”インチュニブ” は2017年5月から処方が開始されたばかりだからだ。

 

現在すでに通院している方は「新薬が出たんです」等聞いたことがあるかもしれない。そう、その新薬が ”インチュニブ” だ。

 

新薬とされている ”インチュニブ” は、現在最大2週間の処方しか認められていない。(2018年5月までとのこと)

それに伴い、使用上のデータも少ない状態だ。

 

もちろん不安だった。

だがチックが出たことがある息子はコンサータの服用ができない。

 

残された選択肢はこの ”インチュニブ” だった。

 

 

”インチュニブ”とは、小児のAD/HD治療薬で「不注意」「多動性」「衝動性」の改善を目的とした薬。 

副作用に食欲の減退がないことが魅力的だった。

 

”インチュニブ” の副作用で特に注意したいことは低血圧眠気

低血圧・・・頭痛、ふらつき、めまい、立ちくらみ

眠気・・・とにかく眠い、体がだるい、ぼーっとする

 

これ以外に、攻撃的な態度や行動が現れたりひどくなる、抑鬱状態のようになる可能性もあるそうだ。

 

眠気が出ることから、高いところに登ったり、組体操や倒立などの遊びに注意することも重要だ。自動車や二輪車などの乗り物の運転もしないようにとの記載もある。

 

受診の際は毎回血圧の測定をしている。

 

そして絶対にしてはならないのは薬の服用を急にやめてしまうことだ。

一時的に血圧や脈拍数が上昇したりすることがあり、海外では高血圧性脳症(急激な血圧上昇で頭痛、吐き気、けいれんなどが起こること)に至った例がある。

 

どんな薬にも必ず副作用があり、うまく付き合っていくしかない。

とにかく服用してみる必要があった。

 

もう一つ、薬の服用と並行して治療日記をつけることになった。

新薬だからかもしれないが、専用の日記帳をもらえる。

 

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”インチュニブ”についての冊子と、専用日記帳

 

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専用日記帳の中身

 

  1. 服薬チェック(飲んだ時間の記入)
  2. 今日はどのように過ごしたか(楽しく過ごせた:ふつう:楽しくなかった 3段階評価)
  3. できたことや学校の先生からほめられたこと、楽しくなかったこと
  4. いつもと違う様子はあったか
  5. 主治医に伝えておきたいこと

 

 

これを4ヶ月続けた今、結果から先にお伝えする。

 

 

 

まるで別人だ。

 

息子は息子なんだ。だが息子の良さがたくさん出てきたんだ。

 

主に担任の先生の協力と周りの友達のおかげで、ちょうどいいくらいに頑張れるようになった。

もちろん塞ぎ込んでしまうこともある。頑張りすぎて疲れた時などだ。そんな時は休ませるようにしている。

 

もちろん全てが改善するわけではない。私たちもそれは望んでいない。ただ息子が生きやすく、過ごしやすくなっている。

 

 

先日息子が発熱により学校を休んだ日には、小学校に入学して早々トラブルを起こし、私が泣きながら謝りに行ったお家の子も一緒に3人で連絡帳を届けにきてくれた。

息子は未だ数メートルの距離でも1人で友達の家に行くことができないのだが、それを察してか送り迎えをしてくれる友達もいる。

家が離れた友達の家に車で送って行った時は、こんな日が来るのかと実感が湧かなかったほどだ。

学校内にも息子に手を差し伸べてくれる、受け入れてくれる友達がたくさんできた。

理由なく友達に手を出すことがなくなった。

”負け” を認められるようになってきた。

謝ることができるようになった。

最近、女の子に告白もされたようだ。さすがにこれはニヤける。

 

授業中に折り紙をしたり、消しゴムを粉々にしなければいられなかったのが、注意されたらすぐやめれるようにもなった。

席を立たなくなった。

先生と約束したプリントやドリルなども、取り組めるようになった。

目標に向かって頑張ったあとの達成感も知った。

清掃の時間も、率先して取り組む姿が目立つようになった。

人のために行動することが増えた。

得意な教科は、人に教えることもできるようになった。

 

世間では当たり前のことも、諦めなければ時間をかけてできるようになることが多いんだ。

 

そのために、薬の力を借りることは悪いことではないと私は思う。

 

”インチュニブ” という薬が息子に合っていたことが幸いだ。

 

薬を飲んだから治るものではない。引き続き周りの協力が必要不可欠だ。

そのために親の働きかけも重要であることを忘れてはならない。

 

本人の努力と周りの協力と、親の努力だ。

 

そんな親も、薬に力を貸してもらうことがあっていいと思う。決して弱いからじゃない。少し負担が大きいだけだ。

 

とにかく、見放さないでほしい。時々はいいんだ。親だってできないときもある。見守っていることを息子が知っていてくれたらそれだけでいい。人としての否定だけはしないでほしい。とにかくなんでも褒めていい。

 

そんな感じ。

 

 

次回は ”インチュニブ” 服用開始からの4ヶ月間を報告しようと思う。

 

じゃあ、またね。

 

現実逃避の仕方

 

どうも、はらっぱです。

 

とにかく「言語化するとかわいそすぎる。死んでよし。」とまで言われる環境で生きているはらっぱ、給料明細に書かれた59,000円という文字を見て衝撃を受けているはらっぱ。時給とはうまいシステムを作ったものだな。食い物だ。完全に私は食い物にされている。

 

今、覚醒中だ。そう、「今」と書いて「なう」だ。

 

私は脳内イメージのみで覚醒することのできる脳みそを持っている。もう、とにかくもう。覚醒するしかない。神と化するしかない。

 

今日は、そんな現実などグッシャグシャに丸めて食って吐いてやる。

ふざけてなどいない。真剣だ。

 

太陽が地平線より上にいるうちは、工場で単純作業をこなしている現在。接客や営業しかしてこなかった私にとって衝撃的なほどに精神を揺らがす物事がない。作業中は意識がそこにない。常に昇天している。

 

漫画の世界に生きているような、現実世界などそこにないのではないかと思うほど平凡で平和だ。漫画でしか描けないだろう。全くヒットなんかしない漫画だ。なぜこんな場所があることを誰も教えてくれなかったんだ。

 

もう、人間すら愛せないのではないかと思っていた私が、同僚との共同作業でときめいている。

 

「これ持ってて」から始まって、よくわからずただ持っていると何も言わず手を包み込み位置を修正される。そんな瞬間でいちいちときめける。そう、青春とは程遠い光景だが、汚れた作業着で汚れた手袋同士なのだが、ここは現実ではない。全てが光り輝いて見える。

 

ゴミ捨て一つ、走ってゴミの塊を持っていく同僚達が、運動着を着て汗を振りまいて走っていくあの光景なんだ。青春の1ページに見える。いや、そうなんだ。確かにそうなんだ。

 

移動中、作業中とは違う笑顔で会話を交わすこの瞬間なんかも。

 

いいのか?!平凡すぎないか?!

 

なんて思っていたらあの給料明細だ。そう。息子に集中していた分の時間が削られている。

 

「息子は青春じゃない」「目を覚ませ」ということなんだろうか。

 

仕事も息子も青春も全て求めるなんて無理なのか?

いや、ここには現実なんかない。

 

全て手に入れることができるはずだ。

 

「時給に生きるな」ということか?いや、私が望んだことだ。

 

「青春を求めるな」ということか?いや、そっちから来たんじゃないか。

 

誰か、私の生きる漫画の世界を平凡に、平和に描いてくれ。

それだけでいいんだ。

 

現実逃避の仕方を教えてくれ。

 

 

ストラテラ服用〜3ヶ月後の事件〜

 

どうも。はらっぱです。

 

最近息子が学校へ満足に通えていない。

ちょくちょく体調を崩し、1週間丸々休むこともある。

9月に入ってから口内炎が治らないなーと思っていたら、舌先が白く変色していき、水ぶくれでも潰れたんかというような凹凸や赤い部分も現れた。

 

ストラテラで食欲がなくなったせいなのかとも思った。元気がない日が続き、あんなに寝なかった息子が寝るようになったのだ。

 

そのため、9月後半の受診日に主治医に相談した。

だが、ストラテラの副作用に「口内炎」という項目はないということだった。食欲がなくなった延長線にいるのでは、と。

とりあえず、朝夕で服用中のストラテラだが、朝の分をやめてみることにした。

 

だが、口内炎は一向によくならない。

近所の小児科を当たるも、一旦症状が落ち着いたと思えばまたぶり返している状況だ。

 

昨日も病院へ行ったが、「口内炎はビタミン不足というより、風邪ってことが多いからね」ということだった。

 

息子に何が起きているのか、本当にわからず困惑している。

 

現実的にこれだけ休みが続くと、生活するのもやっとだ。這いつくばって生きていた毎日に更に追い討ちがかかり、私の精神もいつまでもつかわからない。

 

実は知り合いに「舌癌」を罹患した方がいる。

2週間以上口内炎が治らないと注意したほうがいいらしく、口内炎だと思っていたら舌癌だったというケースが目立つらしい。

その方も口内炎が治らず、おかしいと思って受診した上での診断だった。

舌をよく噛んだり、舌に歯型がつく人、喫煙や飲酒、口内が不衛生であることが原因となる癌だそうだが、息子は普段から指先を舐める癖があった。そこに口内炎ができてしまったら気になって仕方なく、我慢できず手で触ってしまうことも多々ある。注意していても、だ。ADHDの特徴でもあるのだろうか。

 

余計怖くてたまらないじゃないか。

 

とにかく様子をみていくしかないのだろうが、口内炎と早く決着をつけたい今日この頃だ。

 

ストラテラに関係なく、「今反抗期なんじゃないの?」という先生もいてくれてるおかげで、ストラテラの服用を中止しようかと思う選択肢も私の中にできた。

 

と、思っていたら息子自身「薬なんか飲んでも変わらないから!飲むと気持ち悪いからもう飲まない!」と言い出した。

薬を減らした時も、息子とあらかじめ相談をしていた。本人の気持ちが一番大事だからだ。それでも薬を信じる気持ちがあって、吐き気を催すとも言っていなかったから続けたのだが、もしかしたらストラテラ自体が合わないのかもしれない。

 

本人の中に一番葛藤があるのだろうと思う。

 

その葛藤が体に現れているのだろうか。

 

これから学芸会を控えているストレスもあるのかもしれないが、様子をみていこうと思う。

 

最近ゲームで負けてしまった時や、これ危ないから片付けようね、という程度の注意に対しての癇癪が酷くなっていた。この世の終わりかと思うほど泣き叫ぶのだ。

構って欲しさがあったのだと思う。大抵は「どうしたの?」と駆けつけ、ゆっくり話をする。

だがその味を占めたのか、どんどんヒートアップした息子にさすがにカチンときて、ある日またこの世の終わりのような泣き声が聞こえてきた時、無言で部屋のドアだけ閉めた。

そうするとどうだろう。

泣き叫ぶ前に「ピアニカの練習しようね」と言っていた私の言葉を思い出したようで、ピアニカを持って私のところに来た。

ピアニカを弾き始めた息子が「ピアニカうるさいな」と言ったので、皮肉を込めて「この世が終わるほどの泣き声より全然うるさくないよ」と返してやった。

そうするとまた機嫌を悪くして、買い物から帰ったばあばの元へ行った。

 

そこで、今起きたことをばあばに報告し始めた。

冷静に言葉にして、自分が悪かったことを話していた。

なんだあいついい奴じゃん、と少し自分を恥じた。(母)

 

しばらくしてまたピアニカを持って私のところへ来た。

すると「お互い機嫌が直ったところでやりますか!」という息子。

なんかいいとこ全部持ってかれた気がするが、私より大人な対応に私の機嫌も直った。

 

なんだろう。

悟っている部分と子供の素直さの差が激しすぎて、本人が戸惑っているのかもしれないと思った。

こんなに差があったら、どうしていいかわからなくなって当然だ。

 

また少し様子をみることにする。

じゃあ、またね。

 

 

 

 

ストラテラ服用〜2ヶ月後の今〜

 

こんにちは。はらっぱです。

 

ストラテラを服用開始してから、気付けば2ヶ月が経過した。

 

毎日一緒にいること、ストラテラの効き目はコンサータと比べると俄然緩やかであることからか ”これは効き目が出てるぞ!” と目に見えて感じるようなことはなかった。

 

 

 

だが、1週間ほど前のこと。

 

いつも私が先に風呂に入り ”いいよー!” と息子を呼ぶ。そうすると決まって「はあああああ?!もうかよ!」と当たり散らしながら、トイレに行き風呂に来る。

 

またいつものように「いいよー!」と呼ぶ私の声に反応し、「はあああああ?!」と言いながらも、

 

 

「ま、これいつものことだから」

 

と、突然自分を客観視した発言が出た。

 

そして「入っちゃえばいいんだけどさ」と。

 

 

 

ストラテラの効果が出ているのか息子自身が成長したのかわからなくなるが、多分どちらもなんだろう。ストラテラの効果が少しでもあって落ち着ける自分に少し自信が持てるようになったとしたら、薬の力を借りることも良いことなんじゃないかって思った。

 

私は母親に否定されて育った過去がある。人間堕ちる時はどこまでも限りなく堕ちることができる。堕ちる過程にある越えてはいけない壁は、越えれば越えるほど越えてしまう。

そして堕ちてしまう自分を知れば知るほど、ポジティブなことに恐怖心が芽生える。堕ちて行く自分など、堕ちる壁を越えられてしまう自分など知らない方がいい。

 

 

私も息子もどこかへ行く前など、 ”めんどくさい。あー・・・めんどくさい。” となるが、行ってしまえば逆に ”もう帰りたくない” となるタイプだ。

 

そんなことを学校に行く前などに繰り返し話していたら、本人も納得していたようだ。

「ママと一緒だね。」と安心したように話す息子がいる。

 

自分をコントロールするには自分を知ることが先決だ。

小学校2年生にしてこんな機会を与えられたことには辛くもあるが何か意味があると思う。

 

”自分はこれができない” と挑戦をやめてしまうことはよくないが、失敗をある程度受け入れられる体制を取ってから挑戦をしていけばいいのではないかと思うんだ。

 

息子は ”失敗” に対してものすごい抵抗がある。

息子自身が「間違えるのがすごく嫌なの。」と言うくらいだ。

 

それには私自身もすごく共感できるから、”失敗” や ”間違い” に対しては決して怒るようなことはしない。

 

特に息子が嫌がるのが、勉強に関しての間違いだ。

答えが間違っている場合は「やり直して」とか「これ違うよ」とは言わない。「ここまでちゃんとわかってるね。」と否定をせず、「ここから一緒にもう一回やってみよう。」と誘導し、終わったらまた褒める。

苦手な漢字に関しては、答えを見せながら漢字の意味を独自に考えつつ教えることもある。

 

どうしても集中力が続かない場合は、ボールペンを使わせてみたり、休憩を入れたり、 ”ここまでできたからよし” と、全て終わらなくても気にしないことにしている。

 

 

薬物治療に否定的な私だったが、使ってみてよかったかなと思いはじめた。

昔に比べて今の子供たちは、処理しなくてはならない情報量が圧倒的な時代だ。脳みそだって疲れるだろう。薬に頼ってみるのも一つの方法なのではないかと思う。

 

主治医曰く、「ストラテラはゆっくり効果の出る薬だから気長に続けることだね」とのことだ。

 

これからも様子を見ていこうと思う。

 

それじゃあ、またね。

 

 

ストラテラ服用開始〜3週間目〜

 

こんにちは。はらっぱです。

 

今日は朝7時から地区の草取り。

なんと言っても今年の夏は猛暑。暑い。7時といっても日が当たる場所は全く朝な気がしない。というのに気付くのは、日の当たる場所を作業スペースにしてしまった後だ。

陣地取りが果てしなく苦手。ここ!って決めた場所は敵がいない。だってみんながまず避ける場所だからね。そんなのは昔からなんだ。

 

「そこ暑くないの?」「「暑いです」」「えー!」ってなるやつ。

 

運動をしにいったときにかく汗とは爽快感が違う。汗の種類も違う気がしてしまう。こりゃ気持ちの問題だろうか。

 

なんてことはさておき、息子のストラテラ服用開始から今日で18日目。

3週間目に突入している。

 

効果が出てくるまでに2週間はかかるということだったが、私にはまだ効果を感じ取れない。

 

むしろ酷くなっているんじゃないかとさえ思う。

 

2日前に、片腕に何かの跡をつけて帰ってきた息子。

放課後の児童クラブの先生から「今日学校でイライラして自分で噛んだみたいなんです。」と。

 

確かに1年生のときにもあったのだが、2年生になってから初めてだ。それも薬物治療を始めてから。

自分の体を傷つけることだけはしてほしくない反面、どうしようもないときもある。その気持ちはよくわかる。宿命なのかもしれないとさえ思うこともある。

 

そして昼間は映画館にて映画鑑賞をしてきた。いつもはどんなに疲れても集中し感動しながら観ているはずなのだが、今日は映画の途中「帰りたい」と初めてのワードが息子の口から出た。ひそひそ声で話す「すごいね」「〇〇だね」という合間の感想もほとんどなかった。

 

なんだろう。息子がいなくなっていく気がしている。

気にしすぎなのかもしれないが、余計に自分の衝動的な行動についてプレッシャーを感じている気がするんだ。

 

このまま薬物治療を続けていくのか。問題を起こしても子供らしく自由に行動させるのか。

 

選択肢が難しすぎる。

 

私としては問題を起こしても子供らしく、息子らしく行動させたい。だが世間の目は冷たい。私だけを非難すればいいのに。

私はいくら非難されても構わない。どんな目で見られても。別に最初から普通でもない。世間の目など冷たくも暖かくもいくらでも変わる。いくらでも謝りにいく。いくらでも孤独にも後ろ指にも耐える。むしろその指舐めてやる。

 

「仲良くしてくれるのは嬉しいけど、危険を無くしてほしいんです」

ある親が言った。

 

人間にとっては誰でも ”生きている” こと自体が危険ではないのか?

危険は四方八方どこにでも潜んでいる。目に見えるものもあれば目に見えないものもたくさんある。目に見えるものばかりから身を守ろうとするから、足元をすくわれる。

 

息子の存在が危険だと?少し人と違ったらいけないのか?

この便利な世の中は、”普通”とされる人間だけだったら成り立っていない。今の時代はなかったかもしれない。

 

イミテーション・ゲーム” という海外映画を是非観ていただきたい。

この気持ちを代弁してくれる作品の一つだと思った。

 

 

 

だが息子自身が、そんな自分の行動に傷ついていることが難点だ。衝動的に手が出てしまう自分を ”悪い子” と言う。

「それは違う」といくら否定しても、息子は ”悪い子” のワードが頭の中を支配している。息子自身のせいではないこと、息子のいいところを褒めること、何度でも失敗していいことを伝えることしかできない自分が虚しい。

 

もっと私に余裕があればいいのだが。

”焦らずゆっくり” と自分に言い聞かせてはいる。

 

中々上手にできないもんだ。

 

愚痴のようになってしまって申し訳ないが、この状況が好転するよう気持ちは前を向いていようと思う。

 

工作が大好きな息子だ。色々体験させて、その発想力と器用さを伸ばしてあげたい。

細かいことなんか忘れてしまえばいい。

 

じゃあ、またね。

 

ADHD〜3回目の受診〜

 

こんにちは。はらっぱです。

 

今日はADHDの息子の通院日。

1月に初めて総合病院を訪れてから本日で3回目となった。

 

進級して2ヶ月経ったが、担任の先生が変わってから驚くほど落ち着いた息子。

 

現在の担任はとても理解に努めてくれる先生で、基本的になんでも褒める姿勢で、もちろん大事な時には上手に叱ってくれ、相棒という名の人形を作り息子の注意を引くなどの工夫まで施してくれている。

 

それと同時にお友達が家に遊びに来たり、お友達の家に遊びに行くという今まで考えもしなかった変化も訪れた。

 

急激な変化に私がついていけないほどである。

とても嬉しい変化だ。

 

あんなに気に病んでいた日々はどこにいったのだろう。一度死んだ私が生まれ変わった気分だ。もちろん薬のおかげでもあるかもしれないが。

 

もちろん問題が全くなくなったかと言えばそうではない。ADHDは脳の一部に不具合が生じているらしく治ることはないからだ。

 

ということで人生大逆転なんてものは早々に起こりうるものではなく、先日事件が起きた。

 

 

”息子が投げた石が、友達の目の下に当たってしまった” のだ。

 

 

目の ”下” だったことが不幸中の幸いではあるが、なんとも恐ろしい事件である。

 

それだけ聞くと「まぁまぁ聞く話だよね」と思う方もいるかもしれないが、今回はその石を投げるに至った経緯が問題だ。

 

”息子が投げた石が、友達の目の下に当たってしまった” という話を聞いた時点で私の頭をよぎったのは、「喧嘩をしてカッとなった息子の姿」だった。

 

だがよくよく話を聞いてみると、「喧嘩をしてカッとなった息子の姿」ではなく、「ルールにしたがった息子の姿」があったのだ。

 

どういうことかというと、その日の休み時間中5、6人の友達と遊んでいた。”おにごっこ” をしようということになったそうだ。

 

 

 

でもその日は、

 

”石を投げていい”

 

 というルールができた。

 

 

 

楽しく遊びながら投げた石が、たまたま友達に当たってしまったのだ。

息子の ”不注意” だった。

 

もちろん誰が決めたとかそういうことはもはや問題ではない。

 

すごく複雑な気分だった。

 

 

 

「ルールにしたがって楽しく遊んでいた」息子がいる。

でもそのルールは決して許されるルールではない。

 

今息子が一生懸命努力していることは、学校や友達との関わりの中でのルールについてだ。集団生活を送る中で欠かせないとされる ”ルール” 。

大人の私でもク◯喰らえ!と思うようなルールの多さにうんざりしている中で、でもそんな社会の中で必要とされる ”ルール” に基づいてこんな事件が起こった。

 

成長を感じるとともに、そういった問題も同時に降りかかる。

 

一つ一つ褒めながら、大事なことは伝えなければならない。

決して声を張り上げて怒るようなことはしてはいけない。

伝えればきちんと理解する。

 

ただ、”不注意” や ”衝動的”な行動、”多動性” を自分で抑えることは難しい。

イライラしているわけではなく、手や足が出てしまうことは本人が一番悩んでいることだ。悩みとして自覚している。

 

毎日努力しているのに、自分で壊してしまう。

なんとも不憫でならない。

 

そこでだ。

 

今回の受診から、ストラテラを服用することになった。

 

薬だけは飲ませたくなかったのだが、本人が困難(手や足が出てしまうこと等)を自覚していることが今回服用を決めたきっかけだ。

 

土台がないとその上が築けない。

どれだけやる気があってもやる気も続かず、できないことの方が多い。

 

多動性、不注意、衝動性。

それらを緩和することができたら、できることはぐっと増えるだろう。

 

自分が必要ないと決断するまで続けてみようと思う。

 

もちろん周りのサポートも変わらず必要だ。

 

ストラテラは効果が現れるのに約2週間ほどかかるそうだ。緩やかではあるだろうが経過を見守っていく。慣れるまで食欲が減退するなどの副作用は多少あるようだが、そこをまず乗り切れたらと思う。

 

そんな感じ。じゃあ、またね。