のうないはらっぱの世界

発達障害〜ADHDの息子(8)〜を持つシンママのつぶやき

ストラテラからインチュニブへ。驚きの効果が

どうも。はらっぱです。

 

私が私の中からいつの間にか旅に出ていたようで、先ほど帰省した。

ということで、ADHDの息子が薬を変更したことを報告する。

 

 

ストラテラが息子の体に合っていないことがわかってきた。

常に元気が無くなってしまい、薬を飲むと吐き気、食欲も著しく減退してしまったからだ。体重も減ってしまった。担任の先生も心配するほどだった。

本人もストラテラの服用を拒絶するようになった。

 

これは無理に続けても意味がない。それこそ息子がいなくなっていくのだ。

私の私が旅に出るのとはわけが違う。

 

 

そこで息子と相談した上で私たちが下した決断は、薬自体の服用をやめることだった。なんかもう、薬を飲んでいない時の息子の方が息子らしかった。

友達とのトラブルや、勉強等日常生活に対してやる気が出ないなど、以前の状態に戻ってしまったとしてもだ。

 

 

だが、甘かった。

 

以前の状態がこれほどまでにひどかったのかと、また思い知らされた。

 

友達に手が出たり足が出たり、放課後の児童クラブでもトラブルが多発した。クラブの先生にまで責められる日々。息子が起こしたトラブルでなくても息子のせいにされた。

 

学校生活も以前の状態に戻ってしまった。

ストラテラ服用のおかげで友達とうまく付き合えるようになってきていたのだが(元々人が好き)、また手や足が出てしまっていた。休日も友達と遊ぶようになっていた姿がまた見られなくなっていた。ジャンケンで負けることさえ、また以前のように癇癪を起こす。

授業中も集中できず、教室を歩き回ったり、一緒にやろうと先生がフォローをしても聞く耳を持たなかった。

どんどんまた、自分に自信を失くしてしまっていた。

 

 

前回2017年10月11日に書いた記事の直後のことだ。

 

 

これではまずいと思った。

自分がどこまで堕ちれるかより、どれだけ頑張れるのかを知ることの方が大事だろう。

薬の力を借りてもだ。あれだけ不安だった薬の服用についてだが、やはり情報過多で日々めまぐるしく、個人に求められるレベルがどんどん高くなってきている今の時代に合わせることの方が重要だ。いずれ1人で生きていかなければならないのだから。

 

なにより、息子に元気でいてほしい。

 

 

ということで、2017年11月8日から薬を変更した。

 

 

インチュニブ” をご存知だろうか。

いや、知らない方の方が多いかもしれない。

コンサータストラテラはメジャーだが、それもそのはず。”インチュニブ” は2017年5月から処方が開始されたばかりだからだ。

 

現在すでに通院している方は「新薬が出たんです」等聞いたことがあるかもしれない。そう、その新薬が ”インチュニブ” だ。

 

新薬とされている ”インチュニブ” は、現在最大2週間の処方しか認められていない。(2018年5月までとのこと)

それに伴い、使用上のデータも少ない状態だ。

 

もちろん不安だった。

だがチックが出たことがある息子はコンサータの服用ができない。

 

残された選択肢はこの ”インチュニブ” だった。

 

 

”インチュニブ”とは、小児のAD/HD治療薬で「不注意」「多動性」「衝動性」の改善を目的とした薬。 

副作用に食欲の減退がないことが魅力的だった。

 

”インチュニブ” の副作用で特に注意したいことは低血圧眠気

低血圧・・・頭痛、ふらつき、めまい、立ちくらみ

眠気・・・とにかく眠い、体がだるい、ぼーっとする

 

これ以外に、攻撃的な態度や行動が現れたりひどくなる、抑鬱状態のようになる可能性もあるそうだ。

 

眠気が出ることから、高いところに登ったり、組体操や倒立などの遊びに注意することも重要だ。自動車や二輪車などの乗り物の運転もしないようにとの記載もある。

 

受診の際は毎回血圧の測定をしている。

 

そして絶対にしてはならないのは薬の服用を急にやめてしまうことだ。

一時的に血圧や脈拍数が上昇したりすることがあり、海外では高血圧性脳症(急激な血圧上昇で頭痛、吐き気、けいれんなどが起こること)に至った例がある。

 

どんな薬にも必ず副作用があり、うまく付き合っていくしかない。

とにかく服用してみる必要があった。

 

もう一つ、薬の服用と並行して治療日記をつけることになった。

新薬だからかもしれないが、専用の日記帳をもらえる。

 

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”インチュニブ”についての冊子と、専用日記帳

 

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専用日記帳の中身

 

  1. 服薬チェック(飲んだ時間の記入)
  2. 今日はどのように過ごしたか(楽しく過ごせた:ふつう:楽しくなかった 3段階評価)
  3. できたことや学校の先生からほめられたこと、楽しくなかったこと
  4. いつもと違う様子はあったか
  5. 主治医に伝えておきたいこと

 

 

これを4ヶ月続けた今、結果から先にお伝えする。

 

 

 

まるで別人だ。

 

息子は息子なんだ。だが息子の良さがたくさん出てきたんだ。

 

主に担任の先生の協力と周りの友達のおかげで、ちょうどいいくらいに頑張れるようになった。

もちろん塞ぎ込んでしまうこともある。頑張りすぎて疲れた時などだ。そんな時は休ませるようにしている。

 

もちろん全てが改善するわけではない。私たちもそれは望んでいない。ただ息子が生きやすく、過ごしやすくなっている。

 

 

先日息子が発熱により学校を休んだ日には、小学校に入学して早々トラブルを起こし、私が泣きながら謝りに行ったお家の子も一緒に3人で連絡帳を届けにきてくれた。

息子は未だ数メートルの距離でも1人で友達の家に行くことができないのだが、それを察してか送り迎えをしてくれる友達もいる。

家が離れた友達の家に車で送って行った時は、こんな日が来るのかと実感が湧かなかったほどだ。

学校内にも息子に手を差し伸べてくれる、受け入れてくれる友達がたくさんできた。

理由なく友達に手を出すことがなくなった。

”負け” を認められるようになってきた。

謝ることができるようになった。

最近、女の子に告白もされたようだ。さすがにこれはニヤける。

 

授業中に折り紙をしたり、消しゴムを粉々にしなければいられなかったのが、注意されたらすぐやめれるようにもなった。

席を立たなくなった。

先生と約束したプリントやドリルなども、取り組めるようになった。

目標に向かって頑張ったあとの達成感も知った。

清掃の時間も、率先して取り組む姿が目立つようになった。

人のために行動することが増えた。

得意な教科は、人に教えることもできるようになった。

 

世間では当たり前のことも、諦めなければ時間をかけてできるようになることが多いんだ。

 

そのために、薬の力を借りることは悪いことではないと私は思う。

 

”インチュニブ” という薬が息子に合っていたことが幸いだ。

 

薬を飲んだから治るものではない。引き続き周りの協力が必要不可欠だ。

そのために親の働きかけも重要であることを忘れてはならない。

 

本人の努力と周りの協力と、親の努力だ。

 

そんな親も、薬に力を貸してもらうことがあっていいと思う。決して弱いからじゃない。少し負担が大きいだけだ。

 

とにかく、見放さないでほしい。時々はいいんだ。親だってできないときもある。見守っていることを息子が知っていてくれたらそれだけでいい。人としての否定だけはしないでほしい。とにかくなんでも褒めていい。

 

そんな感じ。

 

 

次回は ”インチュニブ” 服用開始からの4ヶ月間を報告しようと思う。

 

じゃあ、またね。

 

現実逃避の仕方

 

どうも、はらっぱです。

 

とにかく「言語化するとかわいそすぎる。死んでよし。」とまで言われる環境で生きているはらっぱ、給料明細に書かれた59,000円という文字を見て衝撃を受けているはらっぱ。時給とはうまいシステムを作ったものだな。食い物だ。完全に私は食い物にされている。

 

今、覚醒中だ。そう、「今」と書いて「なう」だ。

 

私は脳内イメージのみで覚醒することのできる脳みそを持っている。もう、とにかくもう。覚醒するしかない。神と化するしかない。

 

今日は、そんな現実などグッシャグシャに丸めて食って吐いてやる。

ふざけてなどいない。真剣だ。

 

太陽が地平線より上にいるうちは、工場で単純作業をこなしている現在。接客や営業しかしてこなかった私にとって衝撃的なほどに精神を揺らがす物事がない。作業中は意識がそこにない。常に昇天している。

 

漫画の世界に生きているような、現実世界などそこにないのではないかと思うほど平凡で平和だ。漫画でしか描けないだろう。全くヒットなんかしない漫画だ。なぜこんな場所があることを誰も教えてくれなかったんだ。

 

もう、人間すら愛せないのではないかと思っていた私が、同僚との共同作業でときめいている。

 

「これ持ってて」から始まって、よくわからずただ持っていると何も言わず手を包み込み位置を修正される。そんな瞬間でいちいちときめける。そう、青春とは程遠い光景だが、汚れた作業着で汚れた手袋同士なのだが、ここは現実ではない。全てが光り輝いて見える。

 

ゴミ捨て一つ、走ってゴミの塊を持っていく同僚達が、運動着を着て汗を振りまいて走っていくあの光景なんだ。青春の1ページに見える。いや、そうなんだ。確かにそうなんだ。

 

移動中、作業中とは違う笑顔で会話を交わすこの瞬間なんかも。

 

いいのか?!平凡すぎないか?!

 

なんて思っていたらあの給料明細だ。そう。息子に集中していた分の時間が削られている。

 

「息子は青春じゃない」「目を覚ませ」ということなんだろうか。

 

仕事も息子も青春も全て求めるなんて無理なのか?

いや、ここには現実なんかない。

 

全て手に入れることができるはずだ。

 

「時給に生きるな」ということか?いや、私が望んだことだ。

 

「青春を求めるな」ということか?いや、そっちから来たんじゃないか。

 

誰か、私の生きる漫画の世界を平凡に、平和に描いてくれ。

それだけでいいんだ。

 

現実逃避の仕方を教えてくれ。

 

 

ストラテラ服用〜3ヶ月後の事件〜

 

どうも。はらっぱです。

 

最近息子が学校へ満足に通えていない。

ちょくちょく体調を崩し、1週間丸々休むこともある。

9月に入ってから口内炎が治らないなーと思っていたら、舌先が白く変色していき、水ぶくれでも潰れたんかというような凹凸や赤い部分も現れた。

 

ストラテラで食欲がなくなったせいなのかとも思った。元気がない日が続き、あんなに寝なかった息子が寝るようになったのだ。

 

そのため、9月後半の受診日に主治医に相談した。

だが、ストラテラの副作用に「口内炎」という項目はないということだった。食欲がなくなった延長線にいるのでは、と。

とりあえず、朝夕で服用中のストラテラだが、朝の分をやめてみることにした。

 

だが、口内炎は一向によくならない。

近所の小児科を当たるも、一旦症状が落ち着いたと思えばまたぶり返している状況だ。

 

昨日も病院へ行ったが、「口内炎はビタミン不足というより、風邪ってことが多いからね」ということだった。

 

息子に何が起きているのか、本当にわからず困惑している。

 

現実的にこれだけ休みが続くと、生活するのもやっとだ。這いつくばって生きていた毎日に更に追い討ちがかかり、私の精神もいつまでもつかわからない。

 

実は知り合いに「舌癌」を罹患した方がいる。

2週間以上口内炎が治らないと注意したほうがいいらしく、口内炎だと思っていたら舌癌だったというケースが目立つらしい。

その方も口内炎が治らず、おかしいと思って受診した上での診断だった。

舌をよく噛んだり、舌に歯型がつく人、喫煙や飲酒、口内が不衛生であることが原因となる癌だそうだが、息子は普段から指先を舐める癖があった。そこに口内炎ができてしまったら気になって仕方なく、我慢できず手で触ってしまうことも多々ある。注意していても、だ。ADHDの特徴でもあるのだろうか。

 

余計怖くてたまらないじゃないか。

 

とにかく様子をみていくしかないのだろうが、口内炎と早く決着をつけたい今日この頃だ。

 

ストラテラに関係なく、「今反抗期なんじゃないの?」という先生もいてくれてるおかげで、ストラテラの服用を中止しようかと思う選択肢も私の中にできた。

 

と、思っていたら息子自身「薬なんか飲んでも変わらないから!飲むと気持ち悪いからもう飲まない!」と言い出した。

薬を減らした時も、息子とあらかじめ相談をしていた。本人の気持ちが一番大事だからだ。それでも薬を信じる気持ちがあって、吐き気を催すとも言っていなかったから続けたのだが、もしかしたらストラテラ自体が合わないのかもしれない。

 

本人の中に一番葛藤があるのだろうと思う。

 

その葛藤が体に現れているのだろうか。

 

これから学芸会を控えているストレスもあるのかもしれないが、様子をみていこうと思う。

 

最近ゲームで負けてしまった時や、これ危ないから片付けようね、という程度の注意に対しての癇癪が酷くなっていた。この世の終わりかと思うほど泣き叫ぶのだ。

構って欲しさがあったのだと思う。大抵は「どうしたの?」と駆けつけ、ゆっくり話をする。

だがその味を占めたのか、どんどんヒートアップした息子にさすがにカチンときて、ある日またこの世の終わりのような泣き声が聞こえてきた時、無言で部屋のドアだけ閉めた。

そうするとどうだろう。

泣き叫ぶ前に「ピアニカの練習しようね」と言っていた私の言葉を思い出したようで、ピアニカを持って私のところに来た。

ピアニカを弾き始めた息子が「ピアニカうるさいな」と言ったので、皮肉を込めて「この世が終わるほどの泣き声より全然うるさくないよ」と返してやった。

そうするとまた機嫌を悪くして、買い物から帰ったばあばの元へ行った。

 

そこで、今起きたことをばあばに報告し始めた。

冷静に言葉にして、自分が悪かったことを話していた。

なんだあいついい奴じゃん、と少し自分を恥じた。(母)

 

しばらくしてまたピアニカを持って私のところへ来た。

すると「お互い機嫌が直ったところでやりますか!」という息子。

なんかいいとこ全部持ってかれた気がするが、私より大人な対応に私の機嫌も直った。

 

なんだろう。

悟っている部分と子供の素直さの差が激しすぎて、本人が戸惑っているのかもしれないと思った。

こんなに差があったら、どうしていいかわからなくなって当然だ。

 

また少し様子をみることにする。

じゃあ、またね。

 

 

 

 

ストラテラ服用〜2ヶ月後の今〜

 

こんにちは。はらっぱです。

 

ストラテラを服用開始してから、気付けば2ヶ月が経過した。

 

毎日一緒にいること、ストラテラの効き目はコンサータと比べると俄然緩やかであることからか ”これは効き目が出てるぞ!” と目に見えて感じるようなことはなかった。

 

 

 

だが、1週間ほど前のこと。

 

いつも私が先に風呂に入り ”いいよー!” と息子を呼ぶ。そうすると決まって「はあああああ?!もうかよ!」と当たり散らしながら、トイレに行き風呂に来る。

 

またいつものように「いいよー!」と呼ぶ私の声に反応し、「はあああああ?!」と言いながらも、

 

 

「ま、これいつものことだから」

 

と、突然自分を客観視した発言が出た。

 

そして「入っちゃえばいいんだけどさ」と。

 

 

 

ストラテラの効果が出ているのか息子自身が成長したのかわからなくなるが、多分どちらもなんだろう。ストラテラの効果が少しでもあって落ち着ける自分に少し自信が持てるようになったとしたら、薬の力を借りることも良いことなんじゃないかって思った。

 

私は母親に否定されて育った過去がある。人間堕ちる時はどこまでも限りなく堕ちることができる。堕ちる過程にある越えてはいけない壁は、越えれば越えるほど越えてしまう。

そして堕ちてしまう自分を知れば知るほど、ポジティブなことに恐怖心が芽生える。堕ちて行く自分など、堕ちる壁を越えられてしまう自分など知らない方がいい。

 

 

私も息子もどこかへ行く前など、 ”めんどくさい。あー・・・めんどくさい。” となるが、行ってしまえば逆に ”もう帰りたくない” となるタイプだ。

 

そんなことを学校に行く前などに繰り返し話していたら、本人も納得していたようだ。

「ママと一緒だね。」と安心したように話す息子がいる。

 

自分をコントロールするには自分を知ることが先決だ。

小学校2年生にしてこんな機会を与えられたことには辛くもあるが何か意味があると思う。

 

”自分はこれができない” と挑戦をやめてしまうことはよくないが、失敗をある程度受け入れられる体制を取ってから挑戦をしていけばいいのではないかと思うんだ。

 

息子は ”失敗” に対してものすごい抵抗がある。

息子自身が「間違えるのがすごく嫌なの。」と言うくらいだ。

 

それには私自身もすごく共感できるから、”失敗” や ”間違い” に対しては決して怒るようなことはしない。

 

特に息子が嫌がるのが、勉強に関しての間違いだ。

答えが間違っている場合は「やり直して」とか「これ違うよ」とは言わない。「ここまでちゃんとわかってるね。」と否定をせず、「ここから一緒にもう一回やってみよう。」と誘導し、終わったらまた褒める。

苦手な漢字に関しては、答えを見せながら漢字の意味を独自に考えつつ教えることもある。

 

どうしても集中力が続かない場合は、ボールペンを使わせてみたり、休憩を入れたり、 ”ここまでできたからよし” と、全て終わらなくても気にしないことにしている。

 

 

薬物治療に否定的な私だったが、使ってみてよかったかなと思いはじめた。

昔に比べて今の子供たちは、処理しなくてはならない情報量が圧倒的な時代だ。脳みそだって疲れるだろう。薬に頼ってみるのも一つの方法なのではないかと思う。

 

主治医曰く、「ストラテラはゆっくり効果の出る薬だから気長に続けることだね」とのことだ。

 

これからも様子を見ていこうと思う。

 

それじゃあ、またね。

 

 

ストラテラ服用開始〜3週間目〜

 

こんにちは。はらっぱです。

 

今日は朝7時から地区の草取り。

なんと言っても今年の夏は猛暑。暑い。7時といっても日が当たる場所は全く朝な気がしない。というのに気付くのは、日の当たる場所を作業スペースにしてしまった後だ。

陣地取りが果てしなく苦手。ここ!って決めた場所は敵がいない。だってみんながまず避ける場所だからね。そんなのは昔からなんだ。

 

「そこ暑くないの?」「「暑いです」」「えー!」ってなるやつ。

 

運動をしにいったときにかく汗とは爽快感が違う。汗の種類も違う気がしてしまう。こりゃ気持ちの問題だろうか。

 

なんてことはさておき、息子のストラテラ服用開始から今日で18日目。

3週間目に突入している。

 

効果が出てくるまでに2週間はかかるということだったが、私にはまだ効果を感じ取れない。

 

むしろ酷くなっているんじゃないかとさえ思う。

 

2日前に、片腕に何かの跡をつけて帰ってきた息子。

放課後の児童クラブの先生から「今日学校でイライラして自分で噛んだみたいなんです。」と。

 

確かに1年生のときにもあったのだが、2年生になってから初めてだ。それも薬物治療を始めてから。

自分の体を傷つけることだけはしてほしくない反面、どうしようもないときもある。その気持ちはよくわかる。宿命なのかもしれないとさえ思うこともある。

 

そして昼間は映画館にて映画鑑賞をしてきた。いつもはどんなに疲れても集中し感動しながら観ているはずなのだが、今日は映画の途中「帰りたい」と初めてのワードが息子の口から出た。ひそひそ声で話す「すごいね」「〇〇だね」という合間の感想もほとんどなかった。

 

なんだろう。息子がいなくなっていく気がしている。

気にしすぎなのかもしれないが、余計に自分の衝動的な行動についてプレッシャーを感じている気がするんだ。

 

このまま薬物治療を続けていくのか。問題を起こしても子供らしく自由に行動させるのか。

 

選択肢が難しすぎる。

 

私としては問題を起こしても子供らしく、息子らしく行動させたい。だが世間の目は冷たい。私だけを非難すればいいのに。

私はいくら非難されても構わない。どんな目で見られても。別に最初から普通でもない。世間の目など冷たくも暖かくもいくらでも変わる。いくらでも謝りにいく。いくらでも孤独にも後ろ指にも耐える。むしろその指舐めてやる。

 

「仲良くしてくれるのは嬉しいけど、危険を無くしてほしいんです」

ある親が言った。

 

人間にとっては誰でも ”生きている” こと自体が危険ではないのか?

危険は四方八方どこにでも潜んでいる。目に見えるものもあれば目に見えないものもたくさんある。目に見えるものばかりから身を守ろうとするから、足元をすくわれる。

 

息子の存在が危険だと?少し人と違ったらいけないのか?

この便利な世の中は、”普通”とされる人間だけだったら成り立っていない。今の時代はなかったかもしれない。

 

イミテーション・ゲーム” という海外映画を是非観ていただきたい。

この気持ちを代弁してくれる作品の一つだと思った。

 

 

 

だが息子自身が、そんな自分の行動に傷ついていることが難点だ。衝動的に手が出てしまう自分を ”悪い子” と言う。

「それは違う」といくら否定しても、息子は ”悪い子” のワードが頭の中を支配している。息子自身のせいではないこと、息子のいいところを褒めること、何度でも失敗していいことを伝えることしかできない自分が虚しい。

 

もっと私に余裕があればいいのだが。

”焦らずゆっくり” と自分に言い聞かせてはいる。

 

中々上手にできないもんだ。

 

愚痴のようになってしまって申し訳ないが、この状況が好転するよう気持ちは前を向いていようと思う。

 

工作が大好きな息子だ。色々体験させて、その発想力と器用さを伸ばしてあげたい。

細かいことなんか忘れてしまえばいい。

 

じゃあ、またね。

 

ADHD〜3回目の受診〜

 

こんにちは。はらっぱです。

 

今日はADHDの息子の通院日。

1月に初めて総合病院を訪れてから本日で3回目となった。

 

進級して2ヶ月経ったが、担任の先生が変わってから驚くほど落ち着いた息子。

 

現在の担任はとても理解に努めてくれる先生で、基本的になんでも褒める姿勢で、もちろん大事な時には上手に叱ってくれ、相棒という名の人形を作り息子の注意を引くなどの工夫まで施してくれている。

 

それと同時にお友達が家に遊びに来たり、お友達の家に遊びに行くという今まで考えもしなかった変化も訪れた。

 

急激な変化に私がついていけないほどである。

とても嬉しい変化だ。

 

あんなに気に病んでいた日々はどこにいったのだろう。一度死んだ私が生まれ変わった気分だ。もちろん薬のおかげでもあるかもしれないが。

 

もちろん問題が全くなくなったかと言えばそうではない。ADHDは脳の一部に不具合が生じているらしく治ることはないからだ。

 

ということで人生大逆転なんてものは早々に起こりうるものではなく、先日事件が起きた。

 

 

”息子が投げた石が、友達の目の下に当たってしまった” のだ。

 

 

目の ”下” だったことが不幸中の幸いではあるが、なんとも恐ろしい事件である。

 

それだけ聞くと「まぁまぁ聞く話だよね」と思う方もいるかもしれないが、今回はその石を投げるに至った経緯が問題だ。

 

”息子が投げた石が、友達の目の下に当たってしまった” という話を聞いた時点で私の頭をよぎったのは、「喧嘩をしてカッとなった息子の姿」だった。

 

だがよくよく話を聞いてみると、「喧嘩をしてカッとなった息子の姿」ではなく、「ルールにしたがった息子の姿」があったのだ。

 

どういうことかというと、その日の休み時間中5、6人の友達と遊んでいた。”おにごっこ” をしようということになったそうだ。

 

 

 

でもその日は、

 

”石を投げていい”

 

 というルールができた。

 

 

 

楽しく遊びながら投げた石が、たまたま友達に当たってしまったのだ。

息子の ”不注意” だった。

 

もちろん誰が決めたとかそういうことはもはや問題ではない。

 

すごく複雑な気分だった。

 

 

 

「ルールにしたがって楽しく遊んでいた」息子がいる。

でもそのルールは決して許されるルールではない。

 

今息子が一生懸命努力していることは、学校や友達との関わりの中でのルールについてだ。集団生活を送る中で欠かせないとされる ”ルール” 。

大人の私でもク◯喰らえ!と思うようなルールの多さにうんざりしている中で、でもそんな社会の中で必要とされる ”ルール” に基づいてこんな事件が起こった。

 

成長を感じるとともに、そういった問題も同時に降りかかる。

 

一つ一つ褒めながら、大事なことは伝えなければならない。

決して声を張り上げて怒るようなことはしてはいけない。

伝えればきちんと理解する。

 

ただ、”不注意” や ”衝動的”な行動、”多動性” を自分で抑えることは難しい。

イライラしているわけではなく、手や足が出てしまうことは本人が一番悩んでいることだ。悩みとして自覚している。

 

毎日努力しているのに、自分で壊してしまう。

なんとも不憫でならない。

 

そこでだ。

 

今回の受診から、ストラテラを服用することになった。

 

薬だけは飲ませたくなかったのだが、本人が困難(手や足が出てしまうこと等)を自覚していることが今回服用を決めたきっかけだ。

 

土台がないとその上が築けない。

どれだけやる気があってもやる気も続かず、できないことの方が多い。

 

多動性、不注意、衝動性。

それらを緩和することができたら、できることはぐっと増えるだろう。

 

自分が必要ないと決断するまで続けてみようと思う。

 

もちろん周りのサポートも変わらず必要だ。

 

ストラテラは効果が現れるのに約2週間ほどかかるそうだ。緩やかではあるだろうが経過を見守っていく。慣れるまで食欲が減退するなどの副作用は多少あるようだが、そこをまず乗り切れたらと思う。

 

そんな感じ。じゃあ、またね。

 

 

習慣化すること

 

こんにちは。久しぶりのはらっぱです。

 

最近はとにかく映画と海外ドラマを見まくった。

いつもは息子の進級や誕生日等で忙しい4月だが、今年はよく状況が理解できないまま過ぎていった。

 

”ブログを続ける” という意思はどこへいったものやら。

 

私はいつもそうだ。やりたいことがコロコロ変わる。「あいつまた始めてすぐやめたぜ」って、自分に対して思うほどだ。習慣化できない。

”日記を毎日書こう” ”絵を極めよう” ”セルフネイルの勉強しよう” ”あの資格を取ろう” ”毎日トイレ掃除しよう” ”毎日腹筋30回” とか。

 

まず目標のたて方が上手くないのだが、そんな漠然とした目標で実現したものもある。でも、ほとんどが続かないとわかっている自分に落胆してからは ”目標にしなきゃいい” というお決まりのクズ思考へと移る。”どうせ続かないだろうしな” と思って始めることをやめてしまう。

 

きっと共感する人も多いのではないか。

”何をやっても続かない” ”コツコツが苦手だ” ”すぐ飽きる” とか。

 

でも、やはり ”目標” が欲しくなる時がある。

だが、そしてまた落胆する。

 

・・・この繰り返しが、私だ。

 

始めることをやめてしまったら、どんどん何かを失っていった。何も得ていないのに、何故失うのか。

 

それは、自分が ”何もしない” ことを得たからだろう。

 

だから ”ブログを続ける” に対して、3日坊主にならなかっただけマシだと思うようにした。

 

 

人が何かを習慣化するには、

・行動習慣(勉強、読書、日記)

・身体習慣(ダイエット、早寝早起き、運動)

・思考習慣(プラス思考になるなど)

の、どれかによっても違ってくるらしい。

 

私が掲げた「ブログを続ける」という行為は ”行動習慣” に当てはまる。”行動習慣” を習慣化するには ”30日” かかるらしい。

 

”身体習慣” は3ヶ月。”思考習慣は” 6ヶ月。

 

一番習慣化しやすい ”行動習慣” で挫折している。今までの記事を数えてみると、たった13記事だ。

 

でも待てよ。

 

やはり習慣化できなかったものは、心から ”習慣化する必要性” を感じていないからじゃないのか?

 

だって考えてみてよ。

毎日朝起きてる。2、3日間寝続けたりしてない。毎日起きたら顔も洗ってるし、ごはん食べたら歯磨きもする。毎日化粧だってしてるぜ。

 

だってただ単に必要だから。

てことは、できてるじゃん習慣化。

自分偉いよ。パチパチパチ

 

やっぱりそれは ”必要性” を感じているからだ。

だったら ”必要性” を感じるため理由をでっち上げればいい。

 

 

”ブログを続ける” ことが必要な理由とは?

 

 

「ブログを続けないと死ぬ」

いや、これは無理矢理すぎて納得できない。

 

「ブログを続けると家をもらえる」

願望は願望でも現実味がない。

 

「ブログを続けるといい女になる」

お、ちょっといい線にきたか?自分磨きになるかもしれない。

 

「精神安定を図るためにブログを続ける」

いい女になることより、今私に必要なことをあげてみた。

 

「気分転換が下手な私の脳内を文章によって整理することにより、精神安定を図ることで今後の人生に光を見い出すためにブログを続ける」

いや、なんか重いわ。

 

 

結論。

 

「やりたいことをやりたい時にやれ」

 

以上。

 

 

ブログは書きたい時に書けばいい。ただ、やめない。

ただ、少しでも読んでくれている人の役に立つことができたら嬉しい。

 

どうでもいい内容でした。

 

じゃあまたね。