のうないはらっぱの世界

ADHDの息子(8)を持つシンママのつぶやき

子供達の恋愛事情

 

こんにちは。はらっぱです。

 

先日友人(女)の家に行った時の話。

引越しをするということで”手伝い”という名目で訪れたのだが、案の定交代で家事をしたり子供の相手をしたりといういつもの過ごし方となった。

友人私の息子(7)はタイプが似ているので同じ空間で無言ながらゲームに夢中になっていた。時折ゲームについて語りながらゲームの世界で暴君を披露する息子を見て、友人が声高らかに笑う姿も見受けられた。

そして友人の娘(7)のタイプが似ているため、一緒に漫画を開きそのシーンについての評価を語る。一緒に昼食の準備をしたり、外で砂遊びをしたり、子供用のマネキンでヘアアレンジをしたり居場所を転々としていた。

 

 唯一皆が揃ったのは昼食の時間。友人の娘とカレーを準備し4人で食した。

息子はカレーなのに白飯だけを食すという相変わらずの偏食ぶりを披露していたが、空になった皿を運び食休みの時間。

友人の娘が ”詩集” を持って私の隣に座った。反対側には息子が座っている。「それなに?」と私が聞くと「載ったの!」と答える。中身を見せてもらうと、選ばれた小学生達の詩が集められた中に友人の娘の名前があった。

 

 

「さすがだねー!〇〇ちゃん(友人の娘)の小学校で他に載った子いるのー?」

「えっとね、3人だけのった!違うクラスの〇〇くんと、彼氏!

 

 

 

ん・・・? 彼氏・・・?

 

 

 

ちょっと整理しよう。

小学1年生で ”彼氏” がいるということに普通は驚くだろう。

でもちょっと待て。友人の娘の彼氏は私の息子だったはずだ。

 

友人とは子供が未満児クラスから同じ保育園に通っていたために知り合い仲良くなった。そして偶然にも友人の娘と私の息子の距離も近かった。それから年中まで同じ時を過ごしている中で、いつの間にか ”彼氏” ”彼女” という立ち位置に変わっていたはずだった。

 

 

 

やばい。息子が聞いている

 

 

 

もちろんまだまだ幼い子供だ。気持ちの移ろいは早い。私たちの子供時代だって、「好きな人はあー、〇〇くんと〇〇くんと・・・」と何人もいるのは珍しくなかった。

だが今は時代が変わった。子供の恋愛事情はどんどん進んでいる。

 

これはどうフォローしていいものか。友人も息子をチラチラ見ながら気にしている様子だ。そこで迷った挙句の私の一言

 

 

 

「えええー!もう彼氏いるの!〇〇(息子)聞いたー!?

 

 

 

えぐった。息子の心をえぐった。

よりによって何故その反応を選んだのかは私にも未だ理解できない。”もう” と言う前に保育園時代から2人は恋人という仲だったではないか。ということは ”浮気” とも取れるのか?慌てふためく私の心。

 

だが息子の返答は・・・

 

 

 

「すごいねー!(目はゲーム画面)」

 

 

 

え?褒めたよね?今、褒めたよね?

 

これは果たして、ショックを隠しているのか?はたまたよくわかっていないのか?それとも天才並みに受け入れが早いのか?

 

まさかの返答に私は、

 

 

 

「なんですごいの?」

 

 

 

これ絶対聞かなくていい。こっちから共感を強要したんじゃないか。

何故聞いたのか。逆に私の心を落ち着かせて欲しかったのかもしれない。

 

 

 

「だって今すごいねって言ったから(相変わらず目は画面)」

 

 

 

おう。そうか。

これは単純に受け止めよう。

 

ある種の ”失恋” と受け取った私たち。”ショックを受けること” や ”寂しいこと” という概念があるのは息子以外の3人だけだった。単純に息子は友達として会いに来ていただけだった。同じ時を過ごせれば息子は満足だった。

息子にとったら ”恋愛” すら始まっていなかったのだ。

息子はその後も何事もなかったかのように無言でゲームに夢中だった。

 

帰り際、今日息子が夢中になっていた ”任天堂switch” は何故今買ったのかという議論になった。単純に ”来月誕生日だから” という理由に尽きたのだが、友人の娘が「〇〇日だっけ?」と疑問を投げかけて来たため、私が「ううん。◇◇日だよ。」と答えると、「ああ、〇〇日は彼氏か。」と。

 

ぶっこんでくるなこの娘は。もう ”ジェラシー” を相手に巻き起こすテクニックを駆使している。

 

だが、息子には通用しないのだった。

 

帰りの車の中で「今日楽しかったね!」と言う、まずゲームしかしていなかった息子の屈託のない笑顔から発せられるその言葉に私の心は微量の痛みを感じるとともに顔は緩んだ。

 

時代が変わったとはいえ息子にはまず興味がなかったようだ。いらぬ心配をしてしまうのも親だからなんだろう。

といっても、まず ”彼氏” ”彼女” の位置付けに興味がないのは私の方だった。息子は生まれてからそんな私しか知らない。人間は肩書きがあると安心する生き物だ。ただそれだけのことだった。

 

そんなマイペースで素直な息子が大好きだと感じた1日だった。

息子にとって ”恋愛” はまだまだ先の話なんだろう。

 

じゃあ、またね。

 

第2の事件(蹴り事件)

 

こんにちは。はらっぱです。

 

今日も児童クラブへ行った息子。

お迎えに行くとなにやら事件が起きた直後のようで、息子は大泣きしていた。

 

女性先生とお話ししていて、入り口近くにいたおじいちゃん先生にしばらく待っていてくれと促された。

少し待っていると落ち着いたようで女性先生と息子がやってきたのだが、私を見た途端また大泣きする息子。

女性先生曰く、鬼ごっこの途中友達と喧嘩をしたらしい。だがそれだけでは済まず喧嘩を止めようとした6年生の女の子の腹に蹴りを入れたようだ。

そりゃあしでかしたなと。心で今発するべき言葉を考える。ぐるぐるする頭。未だこういう場面に遭遇した時なんと言葉を発していいのか分からない。頭に浮かぶ言葉全て間違いに思えてくる。

そうこうしているうちに、息子が蹴りを入れた6年生の女の子の親も迎えにきた。

 

ピキーンってなる私。分かるかなこの緊張感。

私はとにかく6年生の女の子に「本当にすみませんでした」と謝った。親もいい気はしないだろう。怒られることを覚悟した。

だって腹だぞ。女子は特に大事な腹だぞ。息子にも言い聞かせていたことだ。「女の子の腹だけは絶対守れ」と。

保育園時代から女の子にだけは危害を加えなかった息子だ。ADHDの症状の強さを痛感する。本当は息子自身もしたくないはずだ。でもコントロールできない。それはどうすることもできないのだ。

だが息子自身も謝ることだけはしなくてはならない。いくらまだ7歳の力だろうと衝動が抑えられなかろうと、謝る行為は訓練でできるようになると思っている。だって実際できるようになってきている。

 

はずなのだが。

こういう場面に出くわすと、それも間違いなんじゃないかと思ってしまう。

 

そんなことをぐるぐる考えてるうちに6年生の女の子が発した言葉は「全然大丈夫ですよ!なんともないので!」。

その横には私と目も合わせようとしない親。出で立ちがもはや女性である子だったからかどっちが親なのか分からないほどだった。

親には ”この親がだめなんだ” とか ”しつけのできない親なんだ” と思っていてもらえばいい。この辛さはどうしたってその状況に立たされた人間にしか理解し得ない。大事な子供を傷つけられた親の気持ちも痛いほど分かる。「お腹は大丈夫ですか?」とすら声を発することができない私も私だ。

でもその時そこにいた、いわば被害者本人が息子を許してくれた。息子にとってこれほどの救いはない。

 

そのあとの息子はというと、女性先生の機転で今日起きた第1の事件和式便所に片足がはまったことについて” の報告により笑顔を取り戻した。排泄物のない状態の水であったことが救いだったようだ。

 

帰りにもう一度息子自身が6年生の女の子に謝るチャンスがあったのだが、どうしてもショックの方が大きく謝ることはできなかった

親にも改めて私から謝罪をしたのだが案の定 ”無視” で終わったのだった。

 

ADHDもその日によって波もある。子供でも大人でもその日によっての気分があるように。だがADHDの子供は脳の刺激に弱い。多くの情報が一度に脳に入ってくるため何倍も脳が活動する。そのため脳が疲れやすい。丸一日クラブにいることも大きな試練だ。脳が疲れてくるとコントロールも難しい。

 

あとで思い返してみると、蹴り事件直後に女性先生とお話ししていた息子の目の前に女の子が2人座っていた。私は目が悪いため顔を確認することはできなかったのだが、そのうち1人の姿が蹴りを入れられた6年生の女の子のシルエットと重なった。蹴りを入れられても尚、近くで見守ってくれていたことに気付く。深く謝罪するとともに本当に感謝したい。

 

春になれば中学生となり小学校からはいなくなってしまうのだが、その女の子の幸せを願うばかりだ。息子のしたことは申し訳なかったが、親が思っている以上に子供は成長するのだと実感した日でもあった。

 

つくづつ人に恵まれていると思う。この感謝を忘れてはならない。

 

じゃあ、またね。

 

 

食事の摂り方

 

こんにちは。はらっぱです。

 

通っている精神科を訪れた時のこと。

先生との話題は「今後就く職業について」。

 

人工知能の進化で、10年後にはなくなる職業なんかの予測データがある。その中で何が一番身近で確実に残るだろうか。

 

先生の見解は ”スーパー” だった。

 

私は田舎に住んでいるのだが、その中でも地元住民の中で信頼の厚いスーパーがある。食料品は新鮮で安い。先生のオススメのようだった。

人工知能が発達しても食品業界はなくなることがないとの意見。一理ある。人間は食って出さねければ生きていけない。

 

私は食べることに興味がない。生きることを諦めているわけではないが、食事の時間が勿体無いと感じてしまう。普段時間が足りないほど有意義に過ごしているわけではないのだが。でも腹は減る。腹は満たさなければならない。

脳へ指令を出している腹の欲求を満たしてやれば問題ないと思ってはいるが、テレビをつければ食の話題。そこら中に溢れている。食、食、食。

 

ある日会社にて研修があった。指定エリアの従業員達が集まる。時間の関係上昼飯を持参して参加しなければならなかった。今までは ”当たり前のことをしなければならない” と思い込んでいたため、手作り弁当を持参したりコンビニ弁当やおにぎりやサラダを購入していた。

さもそれが普通かのように食し、人間の流れに乗っていた。

だが先日は自分の希望に従ってみようと思いエネルギーチャージのできる飲用ゼリーをひとつ持参し食した。私にとっては食事なのだが、 ”飲用” というだけある。歯で噛んですり潰し胃に運ぶ行為は同じだと思うのだが、色とりどりの食事を摂る人間からすると「え!それ足りなくない?」となるわけだ。私のことが ”若い” 部類に入る人間にとってみると「現代の子だねえ」ともなる。現代の子?

おにぎり一個を食す人と、私の持参した飲用ゼリーのエネルギー量はほぼ同じ。見た目が違うだけなのだが、視覚情報によって満腹度も変わってくるのだろう。 

 

食事は ”多人数で摂る方が美味しく感じる” とか ”人同士の仲を深めるために有効な手段である”とか様々な効果がある。”美味しい店” ひとつでも話題の材料にもなる。ならいっそ、食事を短時間かつ簡単に摂ることが一般的な価値観となったなら飲用ゼリーひとつの食事でも人間同士友好関係を作ることができるのだろうか。

食事に対する価値観や見解は様々だと思うが、私にとって良い食事の摂り方は今後の課題となった。

”自分の好きにしろよ” という結論に至ると思うのだが、私にとってはおもしろい論点だった。

 

そんな感じ。じゃあ、またね。

 

 

最後は愛にたどり着く

 

私は超がつく程の ”真面目” だ。

 

幼い頃はそんな自分が大好きだった。大人たちが語る正しいとされる行動を素直に受け止め素直に実践し、輪を乱すものには叱咤する。それが正義だ!と。

だが成長するにつれ、大人の語る言葉たちの矛盾に気付きだす。正しいとされる行動を素直に受け止め素直に従ってきた自分に嫌気がさし反抗する。思春期というやつだ。

見た目を派手にしたり、正しいとされる行動と真逆の生活を送る。たくさんの人に迷惑をかける。

それすらも、正しいとされる行動を素直に受け止めているからだ。本当に違うと思うのなら矛盾した行動を取っていたはずなのに。

 

大人になってみたらどうだ?正しいとされる行動を取らなくてはならないと自分を縛った。だが、完璧にこなすことが無理であることにも気づいていた。子供の頃容易にできたのは、思い込みによって突き動かされていただけだったと。

テストで良い点を取って、書道・絵画・新聞・作文・・・ありとあらゆる賞を取って、運動もできて。なんでも一番でいることが親にとっての幸せであり、私だからではなくともその”事実”を喜ぶ親をみることが私とっての幸せでもあった。

 

いつでも自分の行動には一貫性がなくてはならないと決めつけていた。何事も絶対だった。”絶対” がなければ行動してこなかった。私は檻の中を走りまわっていただけだった。

 

なぜ今こんなことを呟いているのかというと、それを自分の子供に教えられたからである。

 

 

ポケモンを捕まえて歩くゲームに息子がハマっていた時だった。

リアルタイムでポケモンの分布図を表示してくれるアプリを開いたようで、

 

子「アメリカのポケモン調べよ〜。・・・日本ちっちゃ!」

 

私「ただの島国だからね〜」

 

子「じゃあ木の実とかあるね」

 

私「まあね。でもどんどん自然無くなってきてるからな」

 

子「自然て?」

 

私「人が作ったものじゃないもの。木とか草とか山とか・・・」

 

子「まあそのおかげでみんな働くところがあるんだけどね」

 

私「・・・確かに」

 

大人になりきれない自分が世の中に嫌悪感を抱いている間に、子供は学んでいた。というか、悟っていた。

 

”自然を守ろう” と活動する傍で、”暮らしを便利に” と人が手を加え続ける。

”CO2を減らして地球温暖化を防ごう”とする傍、”CO2は地球に必要だ” ”地球温暖化は嘘だ” と異論を唱える人。難しいことはわからないがどれも正解なんだろう。

 

常に人は語り合っていたいんだ。何を信じて何を疑うかもその人の自由である。世の中は矛盾で成り立っていた。それを嘆いていても始まらないんだって。それこそ永遠に解決口はない。一つの答えはどこにもない。絶対もどこにもない。

 

ただ自分が信じたことを絶対と言える勇気が必要なだけだった。

 

”絶対成功する” ではなく”絶対成し遂げてやる” 。でもそこにも矛盾が必要で”絶対じゃなかった”とわかったら方向転換することも必要であるということ。

「あの人また言うこと変わった」「信用できない」となるのも人間だ。そこには”誠意” が必要となる。

 

人間は行動に対して気持ちや言葉が永遠のパートナーだ。紙切れ一枚で約束した事実より、自分の気持ちや言葉が何よりの助けになることを忘れないようにしようと思う。

 

なーんて。こんな風に言葉にできない、こんなの全てを包み込むのが”愛”なんじゃないかなって思うよ。

 

”真面目” も結構楽しいんだ。

ただ思ったことを綴ってみました。

 

じゃあ、またね。

 

息子の春休みの過ごし方

 

こんにちは。はらっぱです。

 

 現在息子(小1)は春休み中。

 だが先生の勧めもあり、週4で児童クラブへ行っている。

 

 息子は一人っ子ということもあり、大人と接する方が多かった。したがって大人の中だとうまく立ち回れる。そして年上や年下の中でもうまく立ち回ることができるのだが、同級生とトラブルを起こしがちだ。卒園と同時に引っ越し、保育園時代の友達がいない中での入学で、同時にトラブルだらけだったため近所のお友達と遊ぶこともない。

 つい先日までやっていたスイミングスクールは保育園時代のお友達が運よく集まり、常に私も見学していたがトラブルを起こすこともなく楽しそうだった。保育園時代は特にトラブルはなかった息子だ。 ”元気な男の子” だった。だが、本人曰く「通うのがめんどくさい」「休みの日ぐらいゆっくりしたい」と拒否するようになり辞めてしまったのだ。

 やはりルールの中で行動しなければならないことが本人にとって苦痛であることが理由として大きいのだろう。

 お友達とはプライベートで遊ぶという選択肢もあったのだが、実行した結果やはり息子が暴走してしまい疎遠になった。(ADHDは7歳前後で症状が強く出るようになる

 

 でもそこで逃げているわけにも行かない。やはり同年代と切磋琢磨して成長して行くことは人間であり、日本人であり、学校に通う上でも社会に出る上でも避けて通れない道だ。トラブルを起こしながら学んでいけばいい。何度もお話しさせてもらった校長の口癖でもあった。

 ”嫌なら無理に行くこともない” いう考えも私の中にあったのだが、実は ”友達と楽しく遊びたい” というのが息子の本音であることも知っていた。だったらどうすれば友達と楽しく遊ぶことができるのか教えていけばいい。トラブルを起こしてしまったら私が謝って歩けばいい。

 

幼少期から私にとって一番苦手なことが ”謝る” ということだった。課題は付いて回るんだと、鬱になってはしまったが良い機会を与えられていることにも気付いた。

だが息子自身、間違いを犯したら ”謝る” ことを今身をもって学んでいる。自分で衝動を止められずわざと手や足が出るわけではない。 ”悪いことをしてしまった” という自覚と罪悪感を本人は常に抱えている。

 病院の先生にアドバイスしていただいたのが ”わざとじゃないの知ってるよ” ”イライラ虫のいうこと聞いちゃったんだね” 等、本人のせいでないことを周りが認めて行くことが大事であるということ。

 これだけでかなりの効果がある。もう私なんかと比べたら申し訳ないくらい素直に謝れるようになっていた。

 

小学校に入学してから診断が出るまでの10ヶ月。私にとっては本当に長かった。戦いは始まったばかりだけど一山超えた気がする。あんなに衝突を繰り返した担任の先生も一年で異動になってしまった。この10ヶ月間の話、また機会があれば書いてみたいと思う。

 

長期休みとなると丸一日児童クラブにいるわけだから、また学校と違う不安はある。でも私にできるのはどんどん外に出すことだ。無理矢理ではない。息子の居易い環境づくりが役目という意味。周りの人たちに相談して話し合って知ってもらうこと。(この歳になって ”どんどん外に出すこと” の意味がやっとわかった。新しい場所にどんどん連れて行き放り出すことだと思っていた。)

小3と小5のはとこが遊びに来てくれるときは児童クラブは休む。子供の中で過ごすことが目的であるからだ。習い事が忙しい二人だから中々遊ぶ時間が取れないのもあってのこと。男同士にしかわからない価値観てあるんだろうなと感じるあの空気の振動感。いいねしたい。

 

 私が営業の仕事をしていたこともあり、ひいばあちゃんがまだ元気にしていてくれてることもあってこの一年長期休みの間は児童クラブに行ったことがなかった息子だった。

だが今日も「もう◯時◯分だよ!」と、ルーズな私に時間を教えてくれるほどだ。

少しづつ共に成長していこうと思う。

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

息子の起こし方

  

どうも。はらっぱです。

  

主婦が毎朝こなすタスクの一つに存在するであろう ”子供を起こす” こと。その子供によって難易度は変われど、かなり重要な任務であると思うことはただの私の観念だろうか。

ADHDの息子(小1)に目覚まし時計は必要ない。必要ないというのも、 ”かけるだけ無駄” という意味だ。脳がその対象物から出る ”音” を遮断している。

機嫌が悪いわけではなく本当に起きない、目も開けない。ありがちな「〇〇〜(名前)」「起きなさーい」「遅刻するよ!」など、息子にとったら元々遮断している ”音” と同じだ。全く意味がない。ビクともしない。

 

 私も朝がむちゃくちゃ苦手なため子供の頃は毎朝散々に怒られた。「ふざけるな!」「信じられない!」と大声で罵られながら自分に嫌悪感を抱き体を起こす毎日。その ”音” を遮断し続けることは不可能だった。その ”音” が私にとっては恐怖でしかなかったからだ。

 

そこで私が考えたのは ”起きられないことは悪いことではない” ”朝起きるのは楽しい” と息子に思わせることだった。朝が恐怖でしかなくなってしまえば、 ”朝が来ませんように” と願って眠りにつく私のようになってしまう。もしくは ”起きたくないから寝ない” という、もうコメントのしようがない答えにたどり着いてしまうのだ。

 

せっかくなので効果があったものを少し紹介しておこう。

 

●パジャマの模様

無数の星が描かれている場合、「あ!もしかしてこれお星様?!」と舞台女優風にセリフを入れながら人差指を駆使し全て数える。模様がキャラクターである場合は端から全て名前を言う。(重複可)

 

●なんでもいいから歌う

子供の好きな歌をなんでもいいから歌う。もしくは合唱団のような裏声を駆使する歌がおすすめ。朝のカサカサ声で残念度が増す。

(保育園や幼稚園時代は手や足を持ち踊らせるということも有効だった。成長に伴いそれは彼にとって不快な行為と認識されたようだ。)

 

 ●好きな映画のセリフをいう

例えばトトロ。「おーまえーんちー・・・」「か◯たー!」「ぶーぇ!」のくだりなど覚えているシーンを一人で演じていく。

 

●投げる

掛け布団などをまとめてクッションを作りクッションめがけて息子を投げる 。安全に配慮するのはもちろんだが、かなりの力仕事のため ”落とす” という表現の方が近い。

これ、純粋に喜ぶ。

 

●おしりを出す

うつ伏せの状態でおしりのみを出しでスマホで写真撮影。撮った写真を画面に表示させ息子の顔の前でキープする。シャッター音は ”楽しい時に聞く音” の認識があるため敏感。すぐ目を開けニヤニヤする。

 

 いかがだっただろうか。

 

大体どれもニヤニヤして起きてくれる。少し時間はかかるが何度も起こしに行くことを考えると少しまとめて時間を取れば一度で済み、逆に時間の短縮になる可能性もある。

朝から変なテンションになるのは少し大変かもしれないが、慣れてしまえばこっちのもんだ。もちろんどうしても気が乗らない日は子供の好きなユーチューバーの動画に頼るのも一つだろう。

 

じゃあ、またね。

 

 

 

正体不明じゃなくなった

 

 

はじめまして。

 

 

 

ボンビーを脱出したいと願う、はらっぱです。

 

「ボンビー」という言葉自体ははたして辞書に存在するのか。

そんなこともわからないし、流行にも疎いし、調べるずくもない。

 

(ずく・・・長野県の方言。やる気 腰をあげる気力 というような意味)

 

 

 

 

さて、まず最初にすべきなのは自己紹介というやつだろう。

 

だが自己紹介は好きじゃない。

自己紹介に抵抗を示すのは社会不適合者としては当然のことだ。

 

いや、待てよ。

 

正体不明の未確認生物(すなわちUMA)と言われるのは現実の世界だけにしておきたい。この場にたどり着いた記念だ。

 

なんでも記念とすれば許される世界じゃないか。

 

自己紹介をしよう。

 

 

 

 

 

 

私は二十歳で離婚をし、現在一人息子(現在 - 小1)の母をしている。

臨月まで学校に通った頑張り屋さんだ。

 

 

そんな私も母子家庭で育った。

私は母を恨んではいない。

 

母を見ていたせいで、人生の境地に立った時の選択肢に「離婚」という選択肢が本能的に備わっていただけだ。

 

母を見ていたせいでな。

 

というのは冗談だが、離婚したことは全く後悔していない。

 

 

 

最愛の一人息子は「発達障害ADHD」。

 2017年(今年)の1月に診断を受けた。

 

驚いた。私は天才を育てていたのかと。

 

 

 

そんな私は鬱病を発症し、現在会社は長期休暇中。

父も長年鬱病を患っていたからな。

 

気にはしていない。

 

良い機会をもらったと思う。 

長期休暇中の給料が一桁どころの話じゃないことはさすがこの世界だ。

 

 

 

 

 

 

ざっとこんなところだろうか。

これで正体不明ではなくなっただろう。

 

書きたくなったらここに来る。

 

人生の休憩期間、私が這い上がる勇気を持てるようどうか見守っていただけると吐くほど嬉しい。

 

 

 

 

 

さて。昼寝の時間だ。