のうないはらっぱの世界

発達障害〜ADHDの息子(8)〜を持つシンママのつぶやき

食事の摂り方

 

こんにちは。はらっぱです。

 

通っている精神科を訪れた時のこと。

先生との話題は「今後就く職業について」。

 

人工知能の進化で、10年後にはなくなる職業なんかの予測データがある。その中で何が一番身近で確実に残るだろうか。

 

先生の見解は ”スーパー” だった。

 

私は田舎に住んでいるのだが、その中でも地元住民の中で信頼の厚いスーパーがある。食料品は新鮮で安い。先生のオススメのようだった。

人工知能が発達しても食品業界はなくなることがないとの意見。一理ある。人間は食って出さねければ生きていけない。

 

私は食べることに興味がない。生きることを諦めているわけではないが、食事の時間が勿体無いと感じてしまう。普段時間が足りないほど有意義に過ごしているわけではないのだが。でも腹は減る。腹は満たさなければならない。

脳へ指令を出している腹の欲求を満たしてやれば問題ないと思ってはいるが、テレビをつければ食の話題。そこら中に溢れている。食、食、食。

 

ある日会社にて研修があった。指定エリアの従業員達が集まる。時間の関係上昼飯を持参して参加しなければならなかった。今までは ”当たり前のことをしなければならない” と思い込んでいたため、手作り弁当を持参したりコンビニ弁当やおにぎりやサラダを購入していた。

さもそれが普通かのように食し、人間の流れに乗っていた。

だが先日は自分の希望に従ってみようと思いエネルギーチャージのできる飲用ゼリーをひとつ持参し食した。私にとっては食事なのだが、 ”飲用” というだけある。歯で噛んですり潰し胃に運ぶ行為は同じだと思うのだが、色とりどりの食事を摂る人間からすると「え!それ足りなくない?」となるわけだ。私のことが ”若い” 部類に入る人間にとってみると「現代の子だねえ」ともなる。現代の子?

おにぎり一個を食す人と、私の持参した飲用ゼリーのエネルギー量はほぼ同じ。見た目が違うだけなのだが、視覚情報によって満腹度も変わってくるのだろう。 

 

食事は ”多人数で摂る方が美味しく感じる” とか ”人同士の仲を深めるために有効な手段である”とか様々な効果がある。”美味しい店” ひとつでも話題の材料にもなる。ならいっそ、食事を短時間かつ簡単に摂ることが一般的な価値観となったなら飲用ゼリーひとつの食事でも人間同士友好関係を作ることができるのだろうか。

食事に対する価値観や見解は様々だと思うが、私にとって良い食事の摂り方は今後の課題となった。

”自分の好きにしろよ” という結論に至ると思うのだが、私にとってはおもしろい論点だった。

 

そんな感じ。じゃあ、またね。