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のうないはらっぱの世界

ADHDの息子(8)を持つシンママのつぶやき

第2の事件(蹴り事件)

 

こんにちは。はらっぱです。

 

今日も児童クラブへ行った息子。

お迎えに行くとなにやら事件が起きた直後のようで、息子は大泣きしていた。

 

女性先生とお話ししていて、入り口近くにいたおじいちゃん先生にしばらく待っていてくれと促された。

少し待っていると落ち着いたようで女性先生と息子がやってきたのだが、私を見た途端また大泣きする息子。

女性先生曰く、鬼ごっこの途中友達と喧嘩をしたらしい。だがそれだけでは済まず喧嘩を止めようとした6年生の女の子の腹に蹴りを入れたようだ。

そりゃあしでかしたなと。心で今発するべき言葉を考える。ぐるぐるする頭。未だこういう場面に遭遇した時なんと言葉を発していいのか分からない。頭に浮かぶ言葉全て間違いに思えてくる。

そうこうしているうちに、息子が蹴りを入れた6年生の女の子の親も迎えにきた。

 

ピキーンってなる私。分かるかなこの緊張感。

私はとにかく6年生の女の子に「本当にすみませんでした」と謝った。親もいい気はしないだろう。怒られることを覚悟した。

だって腹だぞ。女子は特に大事な腹だぞ。息子にも言い聞かせていたことだ。「女の子の腹だけは絶対守れ」と。

保育園時代から女の子にだけは危害を加えなかった息子だ。ADHDの症状の強さを痛感する。本当は息子自身もしたくないはずだ。でもコントロールできない。それはどうすることもできないのだ。

だが息子自身も謝ることだけはしなくてはならない。いくらまだ7歳の力だろうと衝動が抑えられなかろうと、謝る行為は訓練でできるようになると思っている。だって実際できるようになってきている。

 

はずなのだが。

こういう場面に出くわすと、それも間違いなんじゃないかと思ってしまう。

 

そんなことをぐるぐる考えてるうちに6年生の女の子が発した言葉は「全然大丈夫ですよ!なんともないので!」。

その横には私と目も合わせようとしない親。出で立ちがもはや女性である子だったからかどっちが親なのか分からないほどだった。

親には ”この親がだめなんだ” とか ”しつけのできない親なんだ” と思っていてもらえばいい。この辛さはどうしたってその状況に立たされた人間にしか理解し得ない。大事な子供を傷つけられた親の気持ちも痛いほど分かる。「お腹は大丈夫ですか?」とすら声を発することができない私も私だ。

でもその時そこにいた、いわば被害者本人が息子を許してくれた。息子にとってこれほどの救いはない。

 

そのあとの息子はというと、女性先生の機転で今日起きた第1の事件和式便所に片足がはまったことについて” の報告により笑顔を取り戻した。排泄物のない状態の水であったことが救いだったようだ。

 

帰りにもう一度息子自身が6年生の女の子に謝るチャンスがあったのだが、どうしてもショックの方が大きく謝ることはできなかった

親にも改めて私から謝罪をしたのだが案の定 ”無視” で終わったのだった。

 

ADHDもその日によって波もある。子供でも大人でもその日によっての気分があるように。だがADHDの子供は脳の刺激に弱い。多くの情報が一度に脳に入ってくるため何倍も脳が活動する。そのため脳が疲れやすい。丸一日クラブにいることも大きな試練だ。脳が疲れてくるとコントロールも難しい。

 

あとで思い返してみると、蹴り事件直後に女性先生とお話ししていた息子の目の前に女の子が2人座っていた。私は目が悪いため顔を確認することはできなかったのだが、そのうち1人の姿が蹴りを入れられた6年生の女の子のシルエットと重なった。蹴りを入れられても尚、近くで見守ってくれていたことに気付く。深く謝罪するとともに本当に感謝したい。

 

春になれば中学生となり小学校からはいなくなってしまうのだが、その女の子の幸せを願うばかりだ。息子のしたことは申し訳なかったが、親が思っている以上に子供は成長するのだと実感した日でもあった。

 

つくづつ人に恵まれていると思う。この感謝を忘れてはならない。

 

じゃあ、またね。