読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

のうないはらっぱの世界

ADHDの息子(8)を持つシンママのつぶやき

頭の中がせわしない

 

こんにちは。はらっぱです。

 

母が定年を迎えたということでお祝いをと思うのだが、祝い事が重なってしまい一体どれから優先してプレゼントを買っていいかわからない状況のまま今日になってしまった。結婚に引っ越しに誕生日に。祝い事が重なるのはめでたいことなのだが。

 

それでもこれだけ買った。

f:id:w-lily:20170405011516j:plain

”出席簿” とか ”学級日誌” の色紙なんかもあった。先生や異動の社員に送るという宣伝文句だったが、これは親にも使えそうだ。

 

上司が一気に異動しての挨拶と、息子の小学校の担任やお世話になった先生方がこんなことあるのかってほどごそっと異動して行ったことによる挨拶が終わったと思った矢先。児童クラブの先生まで移動してしまうとは。私の頭はまだパニック状態だ。”のうないぱにっく”にでも改名しようか。

地区の役員にもなってしまった。”鬱”の私には重大な任務である。

 

4月が忙しいのは毎年のことだが、予定を立てるのが下手な私だ。今年は特にてんてこ舞いという言葉がふさわしい。日本舞踊でも習おうか。

祖母が日本舞踊を習っていたためか、幼い頃の私が扇子を持って踊っているビデオが出てきた。音楽に合わせることもまだ知らない。踊っているというより、扇子を ”スローで大空を舞う飛行機” に見立てて動いているだけだ。

いわゆる祖母の自己満足に素直に付き合っている孫の映像だった。「上手だねえ」と褒める祖母の姿から察する。そうなってくると日本舞踊なのか何なのかも結局のところわからない。なんとも微笑ましい、と言うべきか。

 

引っ越しをする友人のお祝いだけは用意したんだ。引っ越しを手伝う予定だった日が変更になったため手元にあることで余計に混乱してしまう私である。

引っ越し祝いを購入した折「包装してください」とお願いしたところ、「セルフサービスになります」という現実を突きつけられ驚愕と困惑で顔を落としそうになった。それでも現実を受け入れ、たくさんの人間が行き交う中せっせと包装する私の手はかすかに震えている。必死に抑えたつもりだが鬱の症状が強く出てしまうタイミングだ。またも”のうないぱにっく”だ。

ああ、物珍しそうに私のことを人が見ていく。正確に言えば ”行為” を見ているだけなのだが。笑われている気がしてならない。終わった頃には汗ぐっしょりだった。

 

感情が顔に出ない私は誰にも気付かれないというのが時にデメリットとなる。困っているように見えないため、「できません。」という言葉をまず信じてもらえない。今日会った人に「手伝って!」とも言えない。焦っていても「いつも落ち着いてるね」とかめちゃくちゃ緊張していても「緊張とかしなそうだよね」と言われてしまう。

体と心が連動していないのだ。

 

今日友人とお茶していたら「〇〇って時に変な人引き寄せるよね。誰に対しても態度が変わらないから。いいことのはずなのに時に仇になるんだね。」と言われた。

そうだった。世の中矛盾しているんだった。良いこととされることでも悪いこととされることでも、メリットとデメリットが存在する。結果、他人から見て良いことか悪いことかどうかという解釈のみだ。自分にとってメリットかデメリットか判断するのは自分しかいない。人間は自然と判断して使い分けているのに、私はものくそ不器用なんだろう。裏表がなさすぎて「何考えてるかわからない」とか「実はそう思ってないんだろ」と言われてしまう。”計算高い女” とレッテルを貼られる。

 

人間は理解しがたい人間に対して ”恐怖” を抱く。予測できない動きをする人間は潰しておきたいのが本音だろう。

だから自分にとって有利な評価を下す。無意識にやっていることなんだろうから、私のような人間にとったらいわゆる ”普通” の人間の方が恐怖だ。

”計算高い女” は計算高い女だと思わせない計算をしているから気付くはずがないのに。シンプルに生きている側にとったらそんなレッテルはいい迷惑だ。

 

うん。何が言いたいのかわからなくなってしまった。お祝いの話から脱線しかしていない。大変に申し訳ない。

 

つまり、私の脳内はパニック状態であるということだ。

脳の活動が止まらないためこれにて止めてみようと思う。

 

じゃあ、またね。