のうないはらっぱの世界

ADHDの息子(8)を持つシンママのつぶやき

ADHDの子供に宿題はやらせるべきか?

 

こんにちは。はらっぱです。

 

息子の春休みも最終日。ということで、春休み帳のやり忘れページを ”もう逃れなれないぞ” という雰囲気で追い込みをかけてみた。

もちろん ”キー!” となった息子だが、息子自身ももう逃れられないと察したのか機嫌が悪くなりながらもやり遂げた。総復習はやらせておきたかった。

 

いつも宿題をやるとき、児童クラブ以外は一緒にやるようにしている。「宿題やりなさい」で動く子供ではない。集中するときはガー!っと一気にやり終えるのだが、やはり家に帰ると頭はゲームのことでいっぱいだ。

でも私は ”宿題はやらなければいけないものではない” と思っている。全くやらなくていいというわけではない。どうしても集中力が出せない日や「忘れてきた!」とはなからやる気のない日は責めないことにしている。

 

もちろん最初は ”毎日やらせなければ” と思っていた。でもそれは、子供にとっても私にとっても相当なストレスとなった。”どうして当たり前のことができないんだろう” という疑問にも毎日悩まされていた。

担任の先生にも「宿題をやらせてください」と言われていた。「ダメな親」と思われたくなかっただけかもしれない。その結果、私自身をも追い込むことになった。

その子にはその子のペースがある。強制する必要はない。”当たり前” だと思うのは考え方の ”癖” でしかない。

 

それよりも息子が「コロンブスってどんな人?」「オロチって妖怪は本当にいるの?」という日々の中で湧いた疑問に答えるとともに、一緒に学ぶ方が大切ではないかと思っている。人間誰しも興味を持ったことに対しての集中力や、やる気は持続しやすい。それに伴って吸収力も増すだろう。

計算問題でも漢字でも、今の時代アプリなどゲームで学習ができる。ポスターでもいい。ふとした時にこちらから問題を出したりもする。お風呂なんかも使える時間だ。

息子のクラスは宿題を忘れた場合、学校の休み時間にやっているそうだ。先生が決めたルールのようだが、自分のやりやすい方法を自分で選んでいると思えばずっといい。

ADHDの子供の好奇心は無限。たくさんの種を拾って歩いている。

人と同じでなければいけないことはない。最低限のルールは人間社会で暮らしていくために守らなければならないが、それだけだ。

 

余談だが、宿題どうこうではなく自分の気持ちをうまく伝えられるようになることの方が必要だ。言葉にできない気持ちが ”暴走” に変わる。私もそうだった。教えられる立場ではないが、訓練でどうにかなる。だから息子が何か一生懸命話そうとしているときはこちらも一生懸命話を聞く。

今日あったこと、楽しかったこと、嫌だったこと。全て話せとは言わないが、最初はこちらから質問する。それは保育園時代から続けていたことだが、もちろんめんどくさがって答えない方が多かった。だが最近は自分から話をするようになってきた。

何が楽しくて、何が嫌なのか。大人でも分かっているようでわかっていないことが多い。分かっていないのに説明しろと言われても無理なことだ。だが、話す環境があることで次第に自分の中で自分の感情を理解しようとする。区別できるようになる。

 

ADHDの子供を動かすのは一筋縄ではいかないことの方が多い。怒ってしまえば「自分って本当にダメだ」と自虐に走る。それより、できたら褒めるほうを優先してあげたい。

ADHDの子供の成長に寄り添うのは数倍苦労するが、数倍楽しい。

親としては ”まあいっか” をおまじないとしている。完璧主義の私には効果抜群だ。ゲームボーイ時代のポケモン ”みず or ひこう or こおりタイプ ” のポケモンに10万ボルトを浴びせた時の「ズバン!」という効果音が脳裏に響く。(今もそうなのかな)

 

最後に国語が苦手な(字を書くことが面倒臭いらしい)息子の解答例を置いていく。

児童クラブでやってきたページで、丸付けをしていたら思わず手が止まった。

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 人が来るたび叫ぶ犬って。

 

人「こんにちはー」

犬「うわああああああああああああ!」

 

想像するとやばい。(この後、丸をつけました。)

 

じゃあ、またね。

 

追加

こんなに宿題が多いのは私の住む地域ならではのようだ。休みが短い上に宿題が多いのが特徴である。

変わらないなあ。田舎は。